五人目の依頼者:Kさん 1回目
今までの経験から座る人初回依頼のメールの返信に、当日現場でお互いに迷わないように僕の特徴を書き、次の返信メールには依頼者の特徴を明記してもらうようにしていた。
特徴明記の項目として
- 性別
- おおよその年齢(20代、30代等)
- 身体的特徴
- 服装又は所持物の特徴
の四点をお願いしている。
今回依頼のあったKさんからのメールには、
『おんなの娘。20代後半。身長168cmの痩せ形。肩甲骨ぐらいのミルクティブラウンのロングヘア。赤いノートパソコンをもっています』
と書かれていた。
座る場所として指定されたのは、恵比寿駅から徒歩5分のところにあるカフェだった。
シンプルでお洒落な佇まいのお店で店内は賑わっていた。
お店は前面の大部分が大きなガラス窓であったため、店の中に入って右往左往しないように外からKさんらしい人に当たりを付けた。
右奥のテーブル席。
カップを手に赤いノートパソコンの画面を見つめるKさんの前に立った。
Kさんは画面から顔を上げると不思議なものを見るような目で僕を眺め、少しの間の後微笑んで僕を右斜め隣りの席に座るように手で促した。
そしてキーボードを叩きパソコンを僕の方に向けた。
画面には『はじめまして。Kです。リョウさんですよね?』
僕は頷いた。
『事情があって話すことができません。それでも大丈夫ですか?』
僕も同じような立場なので頷く。
話さないでコミュニケーションをとるという事は、普段の生活においては大きな困難となる。
でも『座る人』と依頼者という特殊な関係性に置いてはそれはイコールではなく、これまでになくスムーズに手続きが進んだ。
再びKさんがキーボードを叩いた。
『これから私は、パソコンで○×生放送をします。ご存知ですか?』
名前を聞いたことがあり、そのようなモノがあるという事だけは知っていた。
だが詳しくは知らなかったため少し首を傾げた後に頷いた。
『では軽く説明します。
○×生放送とは生中継動画配信、つまりリアルタイムで動画を配信できるサービスの事です』
曖昧に頷く。
『言葉で説明してもわかりにくいと思うので、これから実際に放送します。
放送は基本一枠、あ、1回30分です。
リョウさんは観ていてください。
よろしいですか?』
物は試しと頷いた。
Kさんはバッグの中からWebカメラを取出しディスプレーの上にセットした。
慣れた手つきでタッチパッドとキーボードを操作して放送の準備を終えると、僕を見て頷いた。
頷き返すとキーボードのEnterキーを叩いた。
するとパソコンの画面が切り替わり、そこにKさんの胸から顔の部分が映し出された。
僕の口は「ほぉ~」という形になった。
パソコンからは店内の喧騒がそのまま流れている。
暫くすると、画面上に、
<こんにちは>
<待ってました>
<わこつです>
などの文字が右から左へ流れ出した。
僕はカメラに映り込まないように注意しながら、パソコンの画面を見つめた。
画面上にはKさんが映っているメイン画面の他に、サブ画面が存在していた。
そこは誰がどのコメントを打ったのか分かるような仕組みになっていた。
画面上を流れる言葉に対してKさんは、
『××さんこんにちは』
『○○さん、お久しぶりですね』
という言葉をキーボードで打ち込み挨拶を返した。
打ち込んだ言葉はメイン画面上を流れるのではなく、Kさんが映っている画面の上の欄に表示される仕組みになっていた。
パソコン画面の中の世界と実際のKさんと僕のいる世界とでは若干のタイム・ラグがあるようだったが、ほぼ同時進行といってよいものだった。
<お洒落なカフェですね>
<何を食べるの?>
という質問に、
『渋谷にあるカフェで、以前からきてみたいと思っていたところです。
とっても素敵なお店ですよ』
『今日はお腹は空いていないので、美味しいラテを飲もうと思います』
他愛もない会話が繰り返され緩やかに時が流れる。
生放送というものに慣れてくると、放送見学の傍らKさんの様子を観察した。
明るいブラウン色のロングヘアはサラサラで光沢を放っていた。
肌は透き通るように白く、目は切れ長で大きく鼻筋が通っていた。
化粧は自然な感じであった。
耳には目を引くデザインのピアスが揺れていた。
服装は20代後半の女性としては若干地味なようにも感じられたが清潔感があった。
都会の洗練された女性。
そんなイメージだと思った。
だが甘いと思って齧った果物が、酸っぱかった時の様な違和感があった。