第二十話

小説「beside-座る人」:第二十話

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キーボードを叩く指の爪は綺麗に手入れがされていて、透明なマニキュアが塗られている。

マニュキュア

 

だがそこから違和感が湧いていた。

大きくゴツゴツしている。

それは明らかに男性の手のように思えた。

男の手

 

喉元に目を移す。

Kさんは痩せている為か、喉仏の隆起がはっきりと見て取れた。

 

まさか……。

そう思いKさんに気づかれないように注意しながら観察しなおしてみた。

やはり男性に間違いない。

僕は見てはいけないものを見てしまったように思いKさんから目を逸らした。

 

Kさんは放送途中に文章作成ソフトwordを立ち上げて、文章を打ち込むとカメラに映らないように小さく画面を指差した。

パソコンの画面を指さす

 

『こんな感じです。あと、10分ほどで終わります』

僕はギクシャクと頷いた。

急に態度が変わった僕の不自然な様子をKさんは探るようにじっと見つめた。

 

<あれ? 誰かいるの?>

<あ! もしかして噂の彼氏ですか!?>

僕たちのやり取り、Kさんの挙動の変化を感じた視聴者からのコメントが画面を流れ出した。

どう切り返すのか。

Kさんの横顔を見つめた。

ピアスの女性

 

すると、Kさんは若干の躊躇いの後『実は……彼と来てるんです』とコメントを打った。

僕は「えっ!?」と思わず小さく声に出してしまい、すかさず口に手を当てた。

口に手を当てる男性

 

Kさんは僕を一瞥してから『でも、今日は皆さんに紹介できません』とコメントを打った。

<え~~~見たい!>

<紹介してください!>

暫くこんなコメントが続いた。

Kさんはコメントが落ち着くのを待ってから『彼にも心の準備が必要なので、今日はごめんなさい』とコメントを打ち、僕を見て申し訳なさそうに微笑んだ。

 

そして『今日はこれから彼とデートなので、この枠で放送は終了します』とコメントし、パソコンに向かって胸の前で手を振った。

<残念! だけど次回が楽しみ!>

<デート楽しんできてくださいね>

とのコメントが流れ放送は終了した。

 

Kさんは僕の方に向き直り両手を合わせて頭を下げた。

謝罪する女性

 

そしてwordの画面で素早く文章を打ち、画面を僕に向けた。

『座る人をお願いした私の目的は、彼氏役を演じて頂きたかったからなのです。

一日、一回だけ、30分枠のほんの一瞬だけ、彼氏という設定で私の放送に出演して頂けませんか?

それ以上は絶対に求めません。

本当に一瞬だけで構わないのです。

図々しいお願いであることは重々承知しています。

勝手、本当に申し訳ないのですが、お願いできませんか?』

僕は考える間もなく手と首を振って拒絶した。

拒絶・NO

 

だがKさんの瞳は、揺るぎなく真っ直ぐに僕を見つめている。

まるで僕の拒否という反応が見えなかったように。

 

僕は俯き身を固めた。

Kさんは男性だ。

いやそういう問題ではなく、彼氏を演じるというウソに問題があるのではないか。

 

だが規約にそのようなことは明記されていない。

放送に出るという事でどれだけ多くの人の目に僕は映ることになるのか?

たとえウソだとしてもKさんの彼氏を演じるという事にリスクがあるのではないのだろうか……?

店内に流れる爽やかなBGMがチクチクと感じられた。

ちくちく感覚

しばらくして再びKさんがキーボードを叩いた。

向けられた画面には『困らせてしまって、本当にごめんなさい。

ただ、もう一度だけ、考えてみてください。

またメールさせて頂きます。

今日は有難うございました』と書かれていた。

 

僕が頷くのを確認すると、Kさんはノートパソコンを閉じて鞄にしまい立ち上がった。

そして僕をまっすぐに見つめた後微笑み、伝票を手に取り会計に向かった。

まっすぐな視線

 

Kさんの姿を目で追った。

やはり綺麗な人だと思った。

 

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