第二十一話

小説「beside-座る人」:第二十一話

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三人目の依頼者:蒼さん 2回目

蒼さんからの二度目の依頼。

集合場所に指定されたのは江ノ島電鉄の由比ヶ浜駅だった。

小田急で藤沢駅に向かい、緑色の宝箱の様な江ノ島電鉄車輛に乗り込む。

江ノ島電鉄

 

湘南の海岸線を前時代的なスピードでガタゴトと進む。

車窓には市井の街並みと、秋の日差しが波にキラキラと乱反射している様子とが交互に映し出される。

長閑な眺めだ。

キラキラ光る海

 

30分後、由比ヶ浜駅のホームに降り立つ。

ホーム内を見渡すが蒼さんの姿が見当たらない。

ホームの端まで進むと改札の外、駅に隣接する電話ボックスの横に立つ蒼さんを見つけた。

 

改札を抜けて階段を下りる途中、蒼さんが僕に気づいた。

会釈を交わす。

蒼さんは今日もスマホを握りしめていた。

 

蒼さんは笑顔をつくり「遠くまですみません」と言って、眩しそうに秋の日差しを手のひらで遮った。

秋の日差し

 

僕は首を振った。

久しぶりに小旅行を味わった感じだった。

 

「じゃ、行きましょうか」

由比ヶ浜に来るのは初めてだった。

蒼さんについて行く。

閑静という表現がぴったりな住宅街の中を真っ直ぐに進む。

 

蒼さんの足取りに迷いは見られない。

この道を歩き慣れている様子だった。

300メートルほど歩くと海が見えた。

 

青空と海。

真っ直ぐな水平線。

青空と海と水平線

 

信号で立ち止まり、右横に並んでいる蒼さんの横顔を盗み見る。

静かだが意志を秘めているような表情だった。

 

国道134号線を渡り海岸へ降りる。

砂浜の上をサクサクと砂を鳴らして歩く。

右側に海に流れ込む川が見える。

河口付近はコンクリートで階段状に護岸されていた。

 

「ここに座りましょう」

そう言うと、蒼さんはコンクリートの上に腰かけた。

僕も隣に座り海を眺めた。

江ノ島の海

 

蒼さんはジッと海を見つめている。

瞳が潤んでいるように見え唇はきつく結ばれていた。

沈黙に付き合うのが今回の依頼なのかもしれないと思った。

 

腕時計は14時23分を指していた。

海面には波待ちをしているサーファーがポツリポツリと浮いている。

海とサーファー

 

時折髪を撫でる緩やかな風と爽やかな秋の日差しとが、まるで夢の中にいるかのような非現実感を醸し出していた。

 

「これから私の告白を聞いて下さい」

14時35分。

蒼さんが沈黙を破った。

 

「私は昼間の派遣の仕事以外に、週末の夜キャバクラで週2日働いていました。

お金に困っていたわけではなく学費を稼ぐためでした。

キャバクラ

 

私、ボディセラピストの専門学校に通いたいと思っていたんです。

切っ掛けは友達との旅行で、ホテルで体験したリラクゼーションセラピーです。

こんなに気持ちよく人を癒せることができる仕事があるなんてと、私自身が驚くぐらい感動したんです。

 

旅行から帰ってすぐに、ボディセラピストの資格を取れる専門学校をネットで調べました。

多種多様ではあったんですけれど、やるからにはきちんと勉強して資格を取りたいと思っていたので、目指す専門学校には入学金、授業料、教科書代などを含めて、100万円近くが必要だという事が分かりました。

学費

 

派遣の仕事で一人暮らしで、生活するための給料を稼ぐことはできても、100万という貯金は私にはありませんでした。

だからと言って、短大を両親の援助で卒業させてもらっていたため、更に専門学校に行きたいからもう一度学費を援助してくださいなんて言えるような、裕福な家庭環境ではありません。

 

悩んでネットで色々と調べていると、学費や生活費を稼ぐために昼間の仕事以外に、夜キャバクラで働く女性が意外と多いという事を知りました。

お酒があまり好きではなくて、今まで水商売関係の仕事をしたことが無かったのに、この道しかないと思い切ってキャバクラ勤めを始めました。

キャバ嬢

 

働いてみて、思っていた以上に大変な仕事であることを痛感しました。

昼間の仕事以外に夜働くという事ははじめはきつくても、慣れることができました。

でも、水商売独特の人間関係、酔っている男性の接客は慣れることができませんでした。

 

そもそも人見知りで話下手なのに、接客業でしかも水商売なんて……向いているわけがないんですよね。

でも、学費を稼ぐためだと必死に働きました。

辞めたいとは何度も思っても、実際に辞めようとは思いませんでした。

私、本当に頑張ったんです。本当に……」

 

ここまで話すと、握りしめていたスマホを見つめて黙り込んだ。

終わりなく打ち寄せる波の音。

遥か上空で鳶が泣いている。

空とトンビ

 

のどかな雰囲気の中、僕たちの間には場違いな緊張感が漂っていた。

 

暫くして小さく息を吐くと、蒼さんは鞄からお茶のペットボトルを二本取出し、

「ぬるくなっちゃったけれど、よければ飲んでください」

と言って一本を僕に手渡した。

 

蒼さんが飲むのを見て僕もキャップを開けた。

 

温いお茶が喉の渇きをじんわりと癒していく。

蒼さんは一口だけ飲むと、キャップを締めてペットボトルをコンクリートの上に置いた。

そしてまた話し始めた。

 

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