第八話

小説「beside-座る人」:第八話

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「お待たせいたしました」

女性店員がハンバーグセットとジャスミンティーを運んできた。

「私は食べ終わってからお茶を飲むので、リョウさんは先に召しあがってください」

 

僕は頷くとティーポットからカップにジャスミンティーを注ぎ、一口飲んでみた。

ジャスミンティー

 

「どうですか?」

ユウさんが心配そうに僕の様子をうかがっている。

正直、あまり美味しいとはいえなかった。

若干癖がるように感じた。

 

だが、そんな様子を悟られないように、僕は努めて表情を和らげて頷いた。

「よかった。じゃ、私も頂きます」

ナプキンを広げて膝の上に掛けると、背筋をスッと伸ばして食事を始めた。

 

ハンバーグ一片をナイフで切ると、ゆっくりと口の中に運んだ。

そして、数回噛みしめるように味わうと、

「うん、美味しい」といって微笑んだ。

 

ユウさんはフォークとナイフを自然に使いこなし、静かに食事をしている。

気兼ねなく食事をするには僕はどうしたらよいだろう。

「座る人」を依頼してきたという事は僕はここに居ていいはずだ。

 

でも、僕が緊張して挙動不審になってしまったり、不自然な行動をとることで余計な気を遣わせてしまうだろう。

不必要な思考で自身にプレッシャーをかけることなく、自然体でただここに居る事。

それが、ユウさんが望む「座る人」なのではないだろうか。

女性「ユウ」

 

そう思い窓の外の人の流れに目を向け、無心になろうとした。

だが、初めての座る人である。

どうしてもユウさんの様子が気になってしまう。

 

そんな僕の様子を見かねたのか「大丈夫ですか?」

といって、ユウさんは少し困った顔をした。

僕は急いで頷くと目を閉じ気を静めようとした。

 

鼓動が速いのが分かる。

ダメだ。
このままここに居ても事態は改善しない。

 

僕は立ち上がりトイレの方を指差した。

ユウさんは少し驚いて「あ、はい。分かりました」といって、懸命に微笑んだ。

落ち着きを取り戻すため自身に大丈夫だと言い聞かせるため、一歩一歩を踏みしめるように歩いてトイレに向かった。

トイレのドア

 

洗面台の鏡の前に立ち顔を見ると紅潮していた。

水道をひねり丁寧に手と顔を洗う。

グルグルと首と肩を回し凝りをほぐす。

大きく深呼吸を三回。

 

もう一度鏡を見てみる。

赤みはひいていた。

「よし」声は小さいが強く頷く。

トイレから出て窓際のユウさんの様子を窺う。

 

窓の外を見ながら食事をしている。

レストランの窓

 

僕はゆっくりと歩いて席に戻った。

椅子に腰かけようとする僕の顔を下からちらりと覗きこんだ。

僕は頷いた。

その様子を見て安心したのか、頷いて食事を再開した。

 

ようやく落ち着いた僕は、椅子の背もたれに寄りかかり店内を眺めた。

カウンター席が5席に4人掛けのテーブル席が3席。

小ぢんまりとしており照明はやや暗く落ち着いた感じだった。

 

内装は壁、床、カウンター、テーブル、椅子とも同じ重厚感のある木目調で統一されていて、年代を感じさせる趣だった。

BGMは会話の邪魔にならない音量で、静かにjazzが流れていた。

jazz

 

「御馳走様でした。美味しかった」

ユウさんが食事を終えた。

左手を挙げて合図をすると食器が下げられジャスミンティーが運ばれてきた。

 

お茶を一口飲むと「お話してもいいですか?」とユウさんが尋ねた。

僕は「はい」と返事をしてしまいそうなのを寸前で堪え、頷いた。

 

「私、散歩が趣味なんです。

ぶらっと電車に乗って、気の向くままに駅に降りて、知らない街を散歩するんです。

で、国立駅で降りて散歩をしていた時に見つけたのが、このお店です。

ご夫婦で切り盛りされていて、旦那様が調理をされて奥様が接客を担当されています。

お二人の仲のいい関係が表れているように、どのお料理もほのぼのとする優しい味付けで、とっても美味しいんです。

でね、その中でも私が絶品だと思うのが、このハンバーグなんです。

1年前ぐらいから通っていて、最近はもうほとんどハンバーグばっかりなんです。

本当に美味しいんですから」と言って照れ臭そうに微笑んだ。

微笑む女性

 

僕はハンバーグステーキを注文しなかったことを後悔していた。

ユウさんはさらに話しを続けた。

 

「このお店、毎月来るんです。

第一週の休みが取れた日に。この席を予約しておくんです。

この窓際の席。

で、いつも同じものを注文するんです。

ハンバーグとジャスミンティー。

ゆっくりと食事をして、その後はお茶を飲みながら本を読む。

これが、私自身に対する毎月のご褒美なんです。

いつもは一人なんですけれどね……」と言って、ユウさんはフッと口をつぐんだ。

 

わずかな沈黙の後、

「私、一人が好きなわけじゃないんです。

望んで一人を選んでいるわけではないんです。

でも、なんとなくいつも一人になってしまうんです。

やっぱり、私がいけないのかな……」

孤独な女性

 

僕は言いたかった。

ユウさんがどのような事情で状況で一人なのか、一人になってしまっているのかは分からない。

でも、一人であることは悪い事ではない。

僕は一人であることを肯定も否定もしない。

 

ただ、「一人であること」が悪い事では無いという事を伝えたかった。

でも僕は「座る人」だ。

ただここに居て話を聞くことしかできない。

 

ユウさんはテーブルの一点を見つめていた。

僕は俯くユウさんの口元をじっと見つめて次の言葉を待った。

 

「愚痴を溢して、ごめんなさい」

顔をあげると無理に明るくそう言った。

僕は首を振った。

 

ユウさんは左手首に巻かれた腕時計に目を落とすと、

「あ、あと15分ですね。これからまた本を読みますね」

本を読む女性

 

と言ってティーポットからカップにお茶を注ぎ、鞄から先程の本を取り出すと読み始めた。

その動作はどことなくぎこちなかった。

 

僕は窓の外に視線を移した。

人が歩いている。

右から左へ、左から右へ。

雑踏

 

 

皆それぞれに生きている。

それぞれに色々な人生を生きて、色々な喜怒哀楽を抱えて。

生きるってなんだろう。

人はなぜ生きるのだろう。

生きるって……。

 

「そろそろ出ましょうか」

ユウさんの声で我に返り鳩時計に目をやると、制限時間5分前だった。

僕は頷きジャケットを羽織った。

 

店の外に出るとユウさんは「有難うございました。そして、お疲れ様でした」と言ってはにかむように微笑み駅に向かって歩き出した。

スッと伸びた背中が人ごみに紛れていく。

ユウさんの背中が完全に見えなくなると、僕はぽつんと置いて行かれてしまったような気分になった。

孤独

 

意味の無い干渉だと首を振り、僕もゆっくりと駅に向かって歩き出した。

座る人初日が終わった。

 

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