第七話

小説「beside-座る人」:第七話

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一人目の依頼者:ユウさん 1回目

当日。
僕は朝から落ち着かなかった。

仕事の日、僕は7時に起きている。

休みの日はだいたい9時前後に起きる。

だがその日は5時前には目を覚ましていた。

目覚めの悪い朝

 

今ならまだ間に合う。

キャンセルしたい気持ちが浮かんできた。

だが、それは絶対に許されない事だ。

いつか、もし、死後の世界で文子さんに再会することがあった時、文子さんに対してあわせる顔が無い。

 

別に文子さんと約束したわけではないし、僕が勝手に決めたことなのだから関係ないのだが、そう決めたのは文子さんと過ごすことができた時間があったからだ。

 

それに、勇気をもって座る人を決断してくれたユウさんを裏切ることはできない。

道は一つしかないのだ。

一本道

 

だが、道理を頭で理解してはいても、腹を決めて落ち着いて時を過ごすことはできなかった。

 

部屋の掃除をしたり、公園を散歩したりしてなんとか時間をつぶし12時になった。

国立駅には自転車で行く方法とバスと電車で行く方法とがあった。

自転車だと30分前後、バスと電車だと遠回りになり待ち時間なども入れると1時間近くかかる。

僕は後者の方法を選択し、更にタバコを吸って5分ほど時間をつぶしてから家を出た。

 

目的地のレストランは駅から歩いて3分ほどのところにあった。

洋食レストラン

 

場所はインターネットで調べておいたためすぐに見つけることができた。

腕時計に目をやると12時50分だった。

店の前を3回ほど往復しこれ以上うろうろしていると怪しまれると思い切り、店のドアの前に立った。

 

ドキドキしている。

高校受験の時以来の緊張感のように思えた。

 

ドアを押して店の中に入ると、レジの前にいた60歳前後と思われる女性が、「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」と、たずねてきた。

僕は一瞬迷ったが声を出さずに首を振り、窓際の席を指差した。

窓際の席

 

「あ、分かりました。ご予約の方ですね」

僕の態度に不審な表情を見せることなく、窓際の4人掛けのテーブル席に案内してくれた。

きっとユウさんが僕の事を、話すことができない人だというように説明をしておいてくれたのだろう。

 

「こちらにどうぞ」

黙って頭を下げて腰掛けた。

「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」

そういうと、軽く頭を下げて去って行った。
感じのいい対応だった。

思わず有難うございますと口にしてしまいそうだった。

 

案内された席は、入り口ドア付近を見渡すことができる席だった。

「座る人」初めての依頼者と会うのだと思うと、また落ち着かなくなってきた。

あのドアから入ってくるのはどんな人なのだろう。

レストランのドア

 

ユウという言葉の響きから勝手に女性だと判断していたが、確認したわけではないので性別すら分からない。

そのことぐらいは確認すべきだったと後悔した。

 

壁に掛けられた瀟洒な鳩時計に目をやると約束の時間の5分前だった。

「いらっしゃいませ」

ドキッとしてドアに目を凝らす。

入ってきたのはスラリと背の高い、30前後と思われる女性だった。

 

「お待ちになられています」

先程の店員が僕の方を左手で示した。

「はい。有難うございます」

大きな声ではないが真の通ったトーンだった。

声のトーン

 

その女性は真っ直ぐに僕のほうに歩いてくると、

「こんにちは。はじめまして」

といって緊張の影のある笑顔を見せた。

僕は座ったまま黙って頭を下げた。

実は心の中では慌てて立ち上がりそうになったのだが何とか踏みとどまり、落ち着いている体を装う事が出来た。

 

「失礼します」

その女性はチェック柄のマフラーをとりベージュのコートを脱ぐと、隣の席にたたんで置いてからゆっくりと腰掛けた。

マフラーとコート

 

「ユウと申します。えっと、リョウさんですよね?」

僕は緊張を覚られまいと仮面のような表情で頷いた。

「本当に来てくださった有難うございました」

僕はユウさんに申し訳ないと思いながらも、無愛想に頷くことしかできなかった。

 

そんな僕の対応にユウさんは次の言葉に詰まってしまっているようだった。

座る人が黙って話を聞くだけの存在だとしても、これでは相手に不快感を与えてしまうだけだ。

どうしたらいいだろう……。

悩む男性

 

次の展開へと繋げる切っ掛けを探すために頭の中を探ってみた。

トラブル防止のために用意しておいた、利用規定を鞄の中に用意していることを思い出した。

 

プリントした用紙を鞄から取り出し、努めて平静を装いながらも丁寧にユウさんに渡した。

ユウさんは軽く頭を下げてプリントを手に取り一読すると、

「分かりました」

と言って鞄の中から水色の封筒を取出し僕の前に置いた。

 

この封筒が何なのか僕はすぐには分からなかった。

「お受け取りください」

その一言でなんであるかを理解した。

僕は金銭を催促するつもりで規定用紙を渡したわけではなかった。

 

弁解したくても喋ることはできない。

若干の躊躇の後、頭を下げて受け取り鞄にしまった。

ユウさんは気を悪くしてしまったのではないかと気に掛かったが、表情からはその様子は読み取れなかった。

 

「食事、頼んでもいいですか?」メニューを手に取り僕にも手渡しながら言った。

僕が頷くと、

「ここのハンバーグ絶品なんです。リョウさんもどうですか?」

と勧められたが、僕とても食事をする余裕などなかったので首を振った。

 

「じゃ、何か飲みますか?」

何も注文をしないのはおかしいと思いメニュー表に目を通した。

メニュー表

 

緊張しているせいか、なかなか決めることができなかった。

そんな僕の様子を見て、ユウさんは、

「私はいつも、ジャスミンティーをたのみます」と言った。

飲んだことが無かったがメニュー表のそれを指差した。

「あ、いいんですか?」

ユウさんが僕の顔を覗き込んだ。僕は頷いた。

 

「なんだか、押し付けてしまったみたいでごめんなさい」

僕は首を振りうつむいた。

「緊張しますよね。初対面で、特殊な関係ですからね……。あ、じゃ、注文しますね」

ユウさんは手を挙げて女性店員を呼び、ハンバーグとライスのセットを一つとジャスミンティーを二つ注文した。

 

「私はこれから本を読みます。なので、リョウさんも好きなように過ごして下さい」

そういうと鞄の中から分厚いハードカバーの本を取出した。

そして「私、ミステリーが大好きなんです。この本、今一番売れているらしいですよ」

と言ってカバーを取り、僕に表紙を見せてくれた。

僕は表紙を眺め頷いた。

 

「じゃ、本の世界に入りますね」

しおりを取り読み始めた。

スッと本の世界に入っていったように感じた。

本を読む女性

 

僕は時間つぶしのアイテムを持ってきていなかった。

タバコを吸うわけにもいかない。

仕方なくもう一度メニューを手に取り眺めることにした。

 

そして、失礼だと思いながらもユウさんの様子を盗み見た。

髪は黒くショートボブというのだろうか、短く綺麗に手入れがされていた。

肌は透き通るように白く目は切れ長で雛人形を連想させた。

 

唇は薄く、口元はキュッと結ばれている紐のようだった。

それは意志の強さを表しているようで印象的だった。

服装は全体的に落ち着いた色でまとめられていて、お洒落には頓着が無い僕から見ても安いものではないだろうと思われる品が感じられた。

 

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