第六話

小説「beside-座る人」:第六話

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突然の五連休。

ごろごろとテレビを見るか、ぼんやりとタバコを吸うか、だらだらとネットをして過ごすしか方法が無い。

こんなんでいいのだろうか……こんな僕を、文子さんはどう思うだろう。

 

だが、何をどうすればいいのか……
壁に向かって歩き続けるような思いの中、とろとろと時は過ぎていく……
家に引き込もったまま3日が過ぎた。

引きこもり

 

4日目。
タバコと食べる物が無くなったため、仕方なく近所のコンビニに買い物に出かけた。

買い物をすませ帰宅途中、アパート近くの公園のベンチに座っている、老夫婦らしき二人の人物を見かけた。

 

この公園は緑が多い。

穏やかに晴れた日には缶コーヒーとタバコを持って、一人ベンチでぼんやりとしに来るお気に入りの場所だった。

 

僕は二人の存在になんとなく惹かれた。

少し離れたベンチに腰掛け、タバコを吸いながら様子を眺めた。

 

二人はじっと座っている。

ほとんど動かず会話もない。

ただ同じ時、同じ空間を共有している。

ベンチに座る老夫婦

 

だけれど僕には二人の間に温かなものがかよっているように感じられた。

現実の二人がどういう関係なのかはわからない。

でも僕には感じられたのだ。

 

そして雷が頭に落ちてきたように「これだ!」と思った。

これしかない。

今の僕に出来ることはこれしかないのだと確信した。

 

部屋にもどるとパソコンを立ち上げ、無料ホームページ作成サービスに登録した。

モン・サン・ミシェル用のホームページを作るためにノウハウを勉強した為、作成はスムーズに行えた。

 

そして、そのホームページのタイトルは「座る人」とした。

このホームページ「座る人」は、傍に座っていてほしい方を募集する目的で作成されています。

座る人2

 

  • 「座る人」は有料です(1時間:1,000円)。
  • 1時間限りで、延長はできません。
  • 期間は3ヶ月限定。
  • 期間内に3回まで利用可能。
  • 利用間隔は自由。
  • 利用は一人一回のみ(再利用不可)。
  • 私=「座る人」は話しません。ただ、黙ってあなたの傍に座るだけです。
  • あなたは、あなた自身を特定できてしまうような個人情報を話すこと以外ならば、何を話してもかまいません。
    ですが、あなたからの質問、疑問に対して、私=「座る人」は口を開くことは絶対にありません。
    私=「座る人」は都内ならばどこでも伺います。
    ですが、それは公の場(喫茶店・ファミレス・居酒屋など)に限ります。
    個人宅には訪問は致しません。
  • 予約可能な日時
    =平日(月~土):19時以降、21時まで。
    =日曜日:12時以降、21時まで。

 

こんな感じのホームページを作った。

有料にしたのはお金が欲しかったからではなかった。

1,000円という額ではあるけれども金銭を払うという設定によって、依頼者の座る人に対する必要性を図りたかったからだった。

 

自分でも驚くほど集中し一気に作り上げた。

しかしアップ・ロードの段階にはスムーズに進めなかった。

何度も見直し壁紙の色、フォントの種類・サイズ、アイコンの種類など細かい修正を繰り返した。

 

そのうち今日はアップ・ロードはやめて、明日もう一度見直してから……ということになった。

そして果てし無い自問自答が始まった。

悩み・自問自答

 

こんなことをして何になる。

正気の沙汰とは思えない。

こんな奇妙な提案に、賛同する人間がいるとは思えない。

徒労に終わる。

恥晒しもいいところだ、と。

思考と感情の渦にもまれて疲労困憊になり4日目が終わった。

 

5日目。
あっという間に5連休最終日。

朝食を食べるとすぐにホームページ再考作業に取り掛かった。

昨日と同じ作業の繰り返し。

 

ムクムクと徒労感が心の中を満たし始めた。

でも止めることはできなかった。

どうなるか全く予想はつかなくてもとにかく形にしたかった。

 

そして行きついた先は、白い壁紙に濃いグレーの文字で、タイトルの「座る人」と利用概要、連絡用のメールアドレスが書かれたシンプルなものになった。

ここまでたどり着いた時には外はもう真っ暗だった。

夜の街

 

時計を見ると20時を指していた。

頭は朦朧としていて、肩と背中と腰の周りの筋肉がバリバリと音を立てそうなほど硬くなっていた。

目もショボショボで文字が霞んで見えた。

 

これでいい。

これで行くしかない……本能に流されるようにアップ・ロードボタンを押した。

 

思っていた通り、誹謗中傷のメールが毎日届いた。

「新手の出会い系ですか(笑)」

「犯罪の臭いが!」

「不気味~~~頭大丈夫?」。

一日数通だったので淡々と削除をした。

 

嫌な思いをしないわけではなかった。

ある程度の覚悟はできていたのでそれ程気にはならなかった。

 

だが、ある日を境に大量に誹謗中傷メールに加え、勧誘のメールが届くようになった。

原因はインターネットでは有名な、巨大掲示板に「座る人」のURLが張られたためであるという事が分かった。

ある勧誘のメールに丁寧にその旨が書かれてあった。

 

仕事から帰り、ルーチン・ワークのように大量のメール削除作業。

毎日削除しないと溜まってしまい後々大変な事になってしまう。

メール削除

 

段々と嫌気を覚えてきた。

そして、またあの自問自答が脳裏に浮かび始めた。

こんなことをして何になる……。

 

だがホームページを閉鎖しようとは思えなかった。

この先に何かがある。

何かがあるに違いないと、何の根拠もなく信じていた。

それは希望ではなく切望だった。

 

「座る人」を始めてから一月ほどたったある日のこと。

誹謗中傷、勧誘メールも少し落ち着き始めていて、淡々と削除作業をしながら真面目な依頼メールを探していた。

 

『本当にただ座って頂けるのならば』

 

というタイトルが目に入った。

これは他のメールとは違うと感じた。

 

『初めまして。ユウと申します。

ネットサーフィンをしていて、偶然HPを見つけました。

こうしてメールを書くまでだいぶ悩みましたが、HPに書かれている文章に嘘はないように感じたので、踏み切ることにしました。

もし本当に「座る人」が存在するのならば返信を頂ければと思います。

失礼いたします。』

女性「ユウ」

 

不思議な感じだった。

このようなメールを待っていたのに、実際に目にしてみると現実味がなかった。

 

何回も読み返してみた。

このメールの差出人はきっと真面目な人だろうと思った。

そして、本当に「座る人」を求めているのだろう。

 

僕は、
『はじめまして。

座る人のリョウと申します。

本当に「座る人」を必要とされるようでしたら、ご都合の良い日時と場所を指定した返信メールをお願いします』

と返信をした。

 

今回の依頼が初めてであるという事はあえて書かなかった。

それはそう書いてしまうことで、必要以上に相手に警戒させてしまうと思ったからだった。

 

数日後、ユウさんから返信メールが届いた。

『了解いたしました。

〇月〇日、日曜日、13時に国立駅南口の洋食レストランTではどうでしょうか』

JR中央線「国立駅」

 

国立駅は僕の住む町の隣町の駅だった。

意外なほどの近さに驚きと警戒を感じたが、僕の気持ちは決まっていた。

『了解です。』

と、返信した。

 

翌日。
ユウさんから返信メールがあった。

『当日、窓際の席に予約を入れておきます。

もしも私より早くお店に到着された場合は、窓際の席に予約を入れたものだと伝えれば分るようにしておきます。

よろしくお願いします』

と書かれていた。

 

気の回る人だと思った。

このメールのおかげで不安な気持ちが少し和らいだ。

 

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