一人目の依頼者:ユウさん 3回目
二回目の依頼から約二月後。
ユウさんから三度目の最後の依頼があった。
座る人の指定時間、場所は同じだった。
バスと電車の乗り継ぎが良く約束の20分前に店に到着した。
まだ来ていないだろうと思いガラス窓越しに店の中をのぞいてみると、ユウさんはいつもの指定席に座り読書をしていた。
僕は遅刻したわけではないのに慌てて店の中に入った。
カウンター内に立っていた奥様に会釈をしいつもの席へと向う。
僕がテーブルの前に立つとユウさんが本から顔を上げた。
そして「こんにちは」と言って本を閉じた。
僕は頭を下げて席に着いた。
「爽やかな季節になってきましたね」
ユウさんが時候の挨拶の様な言葉をいった。
僕はなんだかそれが可笑しく自然と笑みがこぼれた。
その様子を見て「今日は緊張されていないようでよかった」と言った。
全く緊張していないわけではなかったがこの環境にはだいぶ慣れていた。
ユウさんは左手首にまかれたシンプルなデザインの腕時計に目をやると「あ、今からスタートですよね?」とたずねた。
何のことかすぐには理解できなかった。
そんな僕の表情を読み取り「座る人、です」と言った。
僕も左手のシンプルな値段の腕時計に目をやると、まだ15分前だった。
首を振り指定時間だった1時を現わす左手の人差し指を立てた。
それを見てユウさんは、
「私が早く来すぎてしまったせいでなんだかごめんなさい。
今日が最後だと思うと家に居てもちょっと落ち着かなくて。
いつもより1時間も早く家を出ちゃったんです。
ちょっと駅ビルの中をぶらぶらしていたんですけれどそれでも落ち着かなくて。
で、お店に来ちゃったんです」
といって照れた笑いを浮かべた。
ユウさんは落ち着いているイメージであったため意外だった。
いや、ユウさんは実際にしっかりとしていて落ち着いている人なのだろう。
ただそうではない一面も持っていて、そのような一面を見る事ができた事が僕には嬉しく思えた。
ユウさんが背筋をピンと伸ばした。
いつものように凛とした雰囲気がまとわられた。
だがそこには今までにはなかった柔らかさが在るように感じられた。
「では、いつものを注文したいと思うのですが、リョウさんはどうしますか? 違うものにしますか?」
とユウさんがメニューを差し出しながら言った。
この店ではあのハンバーグを食べるという行為がセットになっていたため、他のものを頼むという選択肢は無かった。
首を振ると、
「ハンバーグは召し上がられるとして、ジャスミンティーはやめておいた方が良いのではありませんか?」
と言った。
確かに。
口の中にあの独特な苦手な味がよみがえった。
頷くとユウさんはメニューのドリンクのページを開き手渡してくれた。
メニューに目を通し一番無難と思えるコーヒーを指差した。
「あ、もしかして、リョウさんはコーヒーがお好きなのかな?」
僕はコーヒーを好きではあったけれども豆から厳選し、ネルドリップして飲むほど好きな訳ではなかったので、ちょっと首を傾げてから頷いた。
「えっと……それは、好きだけれども、特別好きではない、という事ですか?」
僕は思わずその通り!
とユウさんを指差してしまった。
そして馴れ馴れし過ぎたと思い慌ててその人差し指を膝の上に引っ込めた。
そんな僕の様子を見てユウさんは口元に手を当てて笑った。
手入れの行き届いた爪が照明の光を受けキラキラと輝いていた。
僕は顔が赤くなるのを感じながら声を出さずに笑った。
運ばれてきたハンバーグステーキを、僕たちはゆっくりと味わって食べた。
僕は二回目であったけれども本当に美味しいと思った。
そして同様の思いを感じているユウさんと喜びの表情を交わした。
初めて食べたときに凄く美味しいと思ったものでも、大体の物が二回目以降はそこそこ美味しいレベルに落ちてしまう。
それは初回時の感動が自身の中で膨れ上がり、現実の美味しさにプラスαされてしまい、初回時に感じた美味しさを凌駕してしまうためだからだと思う。
だがこのハンバーグステーキには、初回時と同様の美味しいを納得させる感動が詰まっていた。