第二十五話

小説「beside-座る人」:第二十五話

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五人目の依頼者:Kさん 2回目

Kさんから二度目の依頼メールが届いた。

『先日は有難うございました。

そして唐突なお願いで困らせてしまい、本当に申し訳ございませんでした。

舌の根も乾かぬうちにと思われてしまうことは重々承知してのお願いです。

赤いノートパソコンと女性

 

彼氏としての放送への出演、お願いできませんでしょうか?

やはり私にはこんなことをお願いできるのはリョウさんしかいないのです。

厚かましいですがリョウさんが放送に出演しやすいように考えた、私からの提案があります。

 

マスク&眼鏡をしての顔出しというのはどうでしょうか?

私が放送開始当初にしていた放送スタイルなのですが、これならば顔から誰であるのかを特定することは難しいと思います。

マスクと眼鏡は私がご用意いたします。

眼鏡とマスク

 

当日リョウさんはこれをつけて、数回相槌を打って頂くだけで結構です。

その後放送出演をお願いすることは絶対に致しません。

 

図々しく勝手なお願いでリョウさんを困らせていまって、本当にごめんなさい。

でもこれは私の切実なお願いです。

依頼をお引き受け下さるご返事を心からお待ちしております』

 

Kさんが僕に対して申し訳ないと思っている事は本当だろう。

だがそれ以上に僕に彼氏役を演じてほしいという思いがあり、それは絶対で揺るぎない。

何故にKさんはここまで『彼氏』という事に拘るのか。

そこが知りたかった。

彼氏と彼女

 

数日悩んだ結果、返信メールには、

『依頼をお引き受けすることにします。

ですがそれには条件が一つあります。

放送終了後、何故Kさんが彼氏役を演じる人間をそこまで欲するのか、その理由をお聞かせください』

と書いて送った。

 

なんだか底意地が悪いようで心が痛んだ。

だが僕自身もそれなりのリスクをおかすのだ。

理由はどうしても聞きたいと思った。

 

集合場所に指定されたのは地下鉄表参道駅を出て、国道246を渋谷方面に歩いてすぐのビル4Fにあるカフェだった。

表参道

 

カフェというお洒落な場所に行ったことが無かった僕には、前回のカフェでも場違い感をチクチクと感じたが、今回のカフェは更なる場違い感を僕に突き付けてきた。

 

店内は白と黒のゆったりとした革張りのソファーを基本にコーディネートされていて、オープンテラスが広々とした店内に更なる開放感を与えていた。

やや薄暗い照明が若い男女のファッションを、更に洗練されたものへと昇華する演出をしているように見えた。

着古したGパン&パーカー姿の僕はまさに場違い感満載だった。

 

入り口付近から店内を見渡す。

ガチガチ状態の僕の目にもすぐ留まるほどKさんは輝いていた。

女性のファッションには全く疎い僕にも明らかにわかる、前回よりもランクアップした装いだった。

その様子はお洒落の海に立つ灯台であるかのようだった。

灯台

 

歩くのに左右の手と足が同時に出てしまいそうなほどの緊張。

店内を横断しオープンテラスの一角から手を振るKさんのもとに向かう。

 

四人掛けのテーブル席。

Kさんは僕とは違いこの場に違和感なく馴染んでいる。

向かいの椅子に腰かける。

Kさんは僕を見つめ心から嬉しそうに微笑んだ。

お洒落な女性

 

胸中に複雑な思いを抱きながらも、Kさんの笑顔を見ることができて良かったと思った。

 

テーブルの上には前回同様、赤いノートパソコンが置かれていた。

ウェブカメラはまだ取り付けられていなかった。

Kさんはメニューを手に取ると、あっ、という表情で手を口元に当て、メニューを再びテーブルの上に置くと、恥ずかしそうに微笑んでからノートパソコンを開きキーボードを叩いた。

赤いノートパソコン

 

薄暗い中、Kさんの顔がモニターの明かりに照らしだされる。

やっぱり綺麗だと思った。

そう思うと同時に喉元に目が行く。

揺るぎない現実として喉仏は存在していた。

 

向けられたパソコンの画面には、

『放送の前にこのお店で食べたいものがあるんですが、食べてもいいですか?』

と書かれていた。

否定する理由もないので頷く。

 

メニューを開いて僕に向けて指差したのは、ゴルゴンゾーラとクルミのペンネだった。

ゴルゴンゾーラとクルミのペンネ

 

僕はペンネというものがどういうものかわからなかったので、とりあえず頷く。

その様子を見てKさんは右手でVの字を作った。

 

一瞬どういう意味かと考えた。

Kさんの表情から察するとそれを二つ頼んでもいいですか?

という事のようだった。

僕はそれとなく値段を確かめ、あたかもそれがどんな食べ物か分かっている体を装って頷いた。

 

Kさんが手を挙げてウエイトレスを呼びメニューを指差し、先程と同じように右手でVの字をつくった。

Vサイン

 

ウエイトレスの笑顔が一瞬止まり視線が僕たち、次にテーブルの上のノートパソコンの上に巡らされた。

 

当然の反応だろう。

きっと僕たちを聴覚に不自由があるカップルであるとでも推測したのであろう。

その推測を悟られまいとするかのようにウエイトレスは瞬時に笑顔を建て直し、Kさんと同じように指差しとVの字で注文を確認すると、無言で会釈をして去って行った。

 

別にウエイトレスの彼女が悪いわけではない。

きっと僕の中にも存在する無意識の差別行為。

そう現に目の前のKさんに対して抱いている差別が、僕の中には存在する。

lgbt

 

いくら美しくても体は男性で心は女性である性同一性障害者に対する、ぼんやりとしているけれども確実な差別の感情が。

 

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