第十六話

小説「beside-座る人」:第十六話

夜の街とパトカー
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「人間関係がうまく築けないから仕事も長く続きません。

大学を出てこんな性格を変えようと、敢えて不向きな営業職に就きました。

ですが契約がほとんど取れず上司には怒られてばかり。

怒る上司

 

同僚にも馬鹿にされるようになってしまい一年も続きませんでした。

それでさらに自信を無くしてしまいました。

その後半年ほど無職、二年ぐらいフリーターの生活でした。

でもこれでは駄目だと思い、一念発起して職業訓練学校に通って必死の思いで機械加工の資格を取って工場に就職しました。

機械加工工場

 

でもそこでもうまく人間関係が築けなくて、頑張ったんですけれど、二年で辞めてしまいました。

その後はできるだけ人と関わることのない仕事に就きたいと思い、配送の仕事につきました。

現在も何とか働いています。

配送業者

 

でも、多少なりとも人間関係があるわけで……きっと職場の皆には、人付き合いの悪い根暗な変な奴だと思われています!!」

秀人氏は再び感情を爆発させて叫び、被っていたハンチングを左手で放り投げた。

ハンチングはクルクルと回りながら飛んで行った。

その様子はフリスビーのようだと思った。

 

アルコールで抑制が外れたのか今度は謝ることはなかった。

そして僕をじっと見つめ、

「僕は普通に生きたいんだ! ただそれだけだ!

こんな生き方、両親に申し訳ない。

僕は生まれてこなかった方が良かったのか!!」

と、僕に掴み掛らんばかりの勢いで叫んだ。

叫ぶ男性

 

不思議と動揺することなく、そんな彼の感情の波を受け止めた。

僕にできることは静かに見つめ返す事だけだった。

 

やがて秀人氏はボロボロと泣き出した。

ポロポロではない。

ボロボロという形容が本当に適切と思える、今まで見たことが無い大粒の涙だった。

大粒の涙

 

そして彼は右手に持っていたワインボトルを頭上にかざし、ワインをドボドボと頭から被った。

その様子に呆気にとられながらも、彼には申し訳ないが巣鴨の棘抜き地蔵を連想してしまった。

とげぬき地蔵

 

ワインをかけ終えると、空きボトルを投げ捨てるような素振りの後、そっと放るようにして地面に置いた。

頭からはワインがポタポタと滴り落ちている。

 

僕と秀人氏。

二人のワインの臭いに満ちた、日常から切り取られた空間。

次にはどのような行動に出るのか。

僕はジッと見守った。

 

「うまく泳げない……」

そう一言つぶやくと、秀人氏はベンチから立ち上がりグラグラと前後左右に揺れながら砂場へと向かって歩き出した。

そして重力に身を任せるように砂場に倒れ込み、バタバタと手足を動かした。

夜の砂場

 

「泳げない! 泳げない! 人生を上手く泳げない! なんでだぁ!!」

繰り返しそう叫んだ。

秀人氏がおかれている現実は、砂場で泳ごうとしている彼の様子そのもののように思えた。

 

叫び声が徐々にフェードアウトしていき、手足の動きが次第にゆっくりとなり、やがて鼾が聞こえはじめた。

どうしよう。

三月上旬といえどもまだ寒い。

急性アルコール中毒の危険性もある。

 

このまま放って置く訳にはいかない。

僕は公園を出て電信柱で住所を確認し警察に電話をかけた。

公園で男性が倒れている旨だけを伝えすぐに電話を切った。

交番

 

寝ているというよりも緊急性のある対応をしてもらえると思ったのと、僕の素性を探られることを回避したかったからだった。

公園の外、入り口とは反対側の砂場の彼の様子が分かる位置のガードレールに腰かけ、タバコを吸いながら警察官の到着を待った。

10分ほどすると公園入口にパトカーが止まり、大柄の男性警官二人が降りてきた。

警察官

 

砂場で寝ている秀人氏に歩み寄ると一人が屈みこんで声をかけた。

もう一人の警察官は公園の中を見回し、電話の主を探しているようすだった。

 

秀人氏は暫く声をかけたりゆすったりを繰り返され、ようやく起き上がってその場に正座をした。

今にも倒れてしまいそうなほどにぐらぐらと揺れている。

立ち上がるように促されても、重心が定まらずに倒れてしまう。

 

両脇を警察官に支えられながらようやく立ち上がる。

引き摺られるように歩き、やたらと重い上にぐにゃりと柔らかい荷物のように警察官の手を煩わせながら、秀人氏はパトカーの後部座席に積み込まれた。

パトカー・モノトーン

警察官の一人が大きな溜息をつきながら運転席に乗り込み、パトカーは走り去った。

僕も安堵の溜息を漏らしテールランプを見送った。

 

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