第十四話

小説「beside-座る人」:第十四話

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穏やかな空気が落ち着くとユウさんが真面目な表情になり、

「今日は何を話そうか考えてきました。

聞いて頂きたい話がいくつかあって、その中から選んできました。

少し重い話ですけれどお願いします」と言った。

 

僕も心を正して頷いた。

話し出すときユウさんの背中がさらにスッと伸びたように感じた。

 

「個人が特定できない程度に私の事を話します。

私は病院で医療職として働いています。

コメディカル

 

子供の頃の出来事がきっかけでこの仕事に着こうと思いました。

私の性格は自他ともに認める、頭に二文字が付く真面目です。

その上一つの事に夢中になると周りが見えなくなってしまう傾向があります。

これは、学生のころから友達や先生に注意されていたんですが、就職してからその傾向がさらに強くなった、なってしまったんです。

 

世の中、正しい事だけで回っているわけではなく、人間は清濁併せ持っていて、正論だけで突き進んでは人間関係に軋轢が生じてしまうのは分かっているんです。

けれど譲れない一線というものがあり過ぎるのか、人間関係がうまくいかず、その結果仕事に支障をきたしてしまう事が少なからずあります。

それで私が困るだけならいいんですが、私の人間関係の軋轢で一番被害を蒙ってしまうのは、患者さんなんです」

病院

 

口調は静かだが、真摯な思いが真っ直ぐに飛んでくるようだった。

その思いを僕は正面から受け止めた。

ユウさんは僕の視線を避けるように、窓の外に視線を移しジャスミンティーを口にした。

暫くの沈黙の後、小さく息を吐いて話しを続けた。

 

「そのうえ私はプライドが高くて、人に相談という事が出来ないんです。

弱音を吐きたくないという思いがあるんですが、弱音を吐いて人に迷惑をかけたくないという事もあるんです。

だから色々な問題を一人で抱え込んでしまって、それで……誤解されて、人を信用しないと思われてしまって、私から離れていってしまう人もいるんです」

女性「ユウ」

 

ユウさんは目を伏せ、右手の人差し指でテーブルを小さく叩いた。

その指先をじっと見つめている。

自身が話した内容を頭の中で落ち着いて整理しようとしている様子だった。

 

次の言葉を冷めてしまって更に美味しいとは思えないジャスミンティーを飲みながら、静かに待った。

「色々な人とぶつかり合ったり、話し合ったりしてきました。

傷つけてしまったり、傷ついたりした事が沢山ありました。

ある人に『あなたの立派な正論は日本では通じない。海外にでも行けば?』と言われたことがあります。

その言葉が時々思い返されていたんです。

でね、最近なんですけれどその言葉がパッ! と答えのように思えたんです」

ひらめき

 

顔をあげて僕を見つめた。

視線に光が増したように感じた。

 

「グズグズ悩んでいないで行動を起こそうっ! て。

そして、ネットで色々と調べているうちに副産物というか、本当に予想外だったんですけれど、偶然に座る人を見つけたんです。

以前の私でしたら絶対にこんな冒険はしなかったと思うんです。

全く素性の分からない人と会うなんて危険ですからね。

あ、リョウさんを特定してではなくて、一般論として……上手く言えなくてごめんなさい。

ただ、本当に私自身も驚く行動なんです。

でも、冒険してよかった。

これでもう一つの冒険に踏み出せそうな気がします」

冒険

 

話し終えるとユウさんは一つ頷き、背もたれに寄りかかり微笑んだ。

僕も安堵の息を漏らして微笑んだ。

再び緩やかな時が流れた。

ユウさんが壁に掛けられた鳩時計の指す時間に気づいた。

 

「あ、もう時間ですね。あっという間だったなぁ」

あっという間の一時間を僕も感じていた。

帰り支度のユウさんの様子。

椅子から立ち上がりコートを羽織ってマフラーを巻き、鞄から財布を取り出す。

その動作一つ一つに淀みがなく、太陽光を反射してキラキラと流れる清流のような人だと思った。

清流

 

会計を済ませて店を出ると、

「今日も有難うございました。じゃ、また」

と言って、ユウさんは僕に背中を向け、駅に向かう人の流れに紛れて行った。

前回と同じように一度も振り返ることはなかった。

 

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