第十三話

小説「beside-座る人」:第十三話

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一人目の依頼者:ユウさん 2回目

一度目の依頼から一月後。

ユウさんからの二度目の依頼。

時間、場所は前回と同じだった。

 

5分前に店に到着するとユウさんはすでに窓際のテーブル席で本を読んでいた。

ピンと伸びた背中に向かいゆっくりと近づく。

驚かさないようにそっとテーブルの向かい側に立つと本から顔を上げた。

本を読む女性

 

「こんにちは」

笑顔で迎えてくれたがやはり緊張しているようすだった。

僕は頭を下げてから席に着くと、努めて平静を装いメニューに手を伸ばした。

「あ、もう頼みますか?」

僕は慌てて手を引いた。

 

そんな僕の様子を見てユウさんが微笑んだ。

「緊張しますよね、お互いに」ユウさんの緊張は少し解けたようだった。「じゃ、お食事しながら話してもいいですか?」

僕ははにかみながら頷いた。

 

「私はいつものハンバーグステーキとジャスミンティーにしますけど、リョウさんはどうしますか?」

お勧めのハンバーグステーキ。

ハンバーグ

 

前回は緊張で食事をする余裕がなかったけれど、今回は食べてみようと思った。

僕は左手でOKサインを出した。

 

「あ、よかった。

本当に美味しいんですから。

食べ物には煩い私が言うんですから、間違えありませんよ」

ユウさんは本当に嬉しそうだった。

 

僕も嬉しくなった。

こんな感じ。

こんな些細なことで嬉しくなれる事。

暫く経験していなかった。

ささやかな幸せ

 

ユウさんは店員を呼び「いつものを二つ」と注文をした。

ユウさんの読んでいる本が気になった。

今回はカバーが掛けられてなく、表紙を見ることができた。

 

水色、桃色、薄紫色の小さな花の写真が見えた。

僕の視線に気づいたユウさんが、

「山野草って知っていますか?」と尋ねた。

僕は首を振った。

山野草

 

「野生に自生する鑑賞用の草花の事です。

派手ではない素朴な美しさが好きで、10年ぐらい前から集めているんです。

あ、集めていると言っても庭の無いマンション暮らしなので、少しだけなんですけれどね」

と言って写真集を開き、収集した山野草について説明をした。

その横顔に緊張感は感じられず本当に楽しそうだった。

 

話の途中で料理が運ばれてきた。

ユウさんは本を閉じ、「山野草の話になると夢中になっちゃって。御免なさいね」と言って、恥ずかしそうに笑った。

 

ユウさんお勧めのハンバーグステーキ。

まずは、じっくりと観察してみる。

僕が食べてきた平たい楕円形ではなかった。

楕円形は楕円形でももっと細長く、平たくはなくぽってりと丸みを帯びていた。

それはどことなく薩摩芋を想像させる形だった。

 

ナイフとホークを使って食事をするのは子供の頃と言えるぐらいに久し振りだった。

ギクシャクとしながら取り敢えずナイフで半分に切ってみる。

中から肉汁が滔々と溢れてくる。

ハンバーグステーキ

 

においも堪らなく食欲を刺激する。

これが美味しくないはずがない。

 

口の中が唾液で満たされた。

ハンバーグに目が釘付けになってしまう。

「早速頂きましょうか」

ユウさんの口調は軽やかだった。

 

一口頬張る。

「美味い!」という言葉が飛び出てしまいそうになるのを堪えた。

ユウさんは食べ慣れた様子だったが「うん。やっぱり美味しい」 と、満足そうにつぶやいた。

 

それから僕たちは、時々お互いの表情でコミュニケーションを取りながら食事をした。

恋人や友達という関係の二人ならば、会話を楽しみながら食事をするのだろう。

僕とユウさんはどちらの関係でもなく、僕は話すことができない。

だけれど沈黙の食事は決して苦痛な時間ではなかった。

緩やかな時間

 

食事を終えるとジャスミンティーが運ばれてきた。

今回は違うものを頼むべきだったと正直後悔をしていた。

「ジャスミンティーって癖があるけど、私はそこが好きなんです。

でも、リョウさんは今回もジャスミンティーでよかったのかな?」と、ちょっと心配そうだった。

 

ティーポットを前にしジャスミンの香りを確認すると、前回の味が口の中に蘇ってきた。

一口飲んでみる。

「……」やはり独特な癖がある。

正直、今回も美味しいとは思えなかった。

ジャスミンティー

 

その心情が表情に現れてしまったのか、

「あ、やっぱりダメかな? 前回は我慢して飲んでくださったんですね。

飲み物は違うものにした方が良かったですね。

気が利かなくて、御免なさい」と、申し訳なさそうに言った。

僕は慌てて首を振ったが「今度は違うものを頼みましょうね」 と優しく受け止めてくれた。

 

「今度は」という言葉が不思議な感じで僕の中で響いた。

ユウさんの中では、今度もあるのだ。

この関係が自然になりつつあるのだ。

だけれど、僕たちは次回が最後なのだ。

そんな特殊な関係性なのだという事が、改めて思い返された。

 

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