第十一話

小説「beside-座る人」:第十一話

喫茶店
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三人目の依頼者:蒼さん 1回目

蒼という女性からの初回の依頼。

『はじめまして。

蒼と申します。

私は人見知りで、特に初対面の人に対してはぎこちなくなってしまい、上手に振る舞うことができません。

孤独な女性

 

心は傍らに座って、話しをきいて頂ける人を求めています。

ですが座る人を依頼しておきながら、現場から逃げてしまう可能性もあります。

こんな無責任な依頼でもお受けして頂けるならばよろしくお願いします』

というメールだった。

 

当日キャンセルも想定の範囲内であったため、依頼を引き受ける返信をした。

 

指定された場所は小田急線新百合ヶ丘駅南口ロータリー、交番近くの喫茶店だった。

指定日時は金曜の19時。

僕が到着したのは指定時間の10分前だった。

夜の喫茶店外観

 

店内は仕事帰りのサラリーマンや待ち合わせと思われる人々で一杯で、空いている席は無かった。

仕方なく一度店の外に出て席が空くのを待った。

だが、指定時間の19時、5分、10分と過ぎても店から出てくる人はいない。

どうしよう。

今までとは違う展開に戸惑った。

 

20分が経過したとき、ようやく二人掛けのテーブル席があいた。

足早に店内に入り腰掛けてホッと一安心と思った。

だがこれで終わりではなく、これからようやくスタートなのだと思いなおした。

 

気持ちを落ち着けるためにタバコを吸おうと思ったがテーブルに灰皿はなく、両隣は非喫煙者だった。

喫茶店テーブル

 

鞄の中にタバコを戻し腕時計に目を落とす。

指定時間から30分が過ぎようとしていた。

 

今回はキャンセルになってしまうかもしれない。

もう依頼者は現れないだろうと顔を上げたときだった。

目の前に立つ20代前半と思われる女性と目が合った。

 

「リョウさんですか?」

僕は驚いて声が出てしまいそうなのを寸前で堪え頷いた。

「座る人、ですよね?」

瞳に警戒の色が窺える。

警戒心

 

初対面時の相手のこの反応にはなかなか慣れることができなかった。

だが、僕は座る人だ。

ニュートラルな感情を装い頷く。

「蒼です。はじめまして」

そう言って、思い切るかのように勢いよく僕の向かい側の席に腰かけた。

 

「……」そして沈黙。

テーブルの上に置かれた両手にはスマホが握り締められている。

滑らかに話し出しそうな雰囲気は微塵も感じられない。

 

「…………」

今までは依頼者の人が展開をリードしてくれていた。

だが今回はそれは期待できそうになかった。

 

居たたまれない空気が二人の間に漂っている。

貧乏揺すりが出てしまいそうなのを堪える。

タバコが吸いたい。

ここから立ち去りたい……。

逃げ出したい気持ち

 

ジリジリとネガティブな感情が押し寄せてくる。

「私、あそこから見ていました」

唐突だった。

彼女もこの沈黙が辛かったのだろう。

そして話せるのは自分しかいないのだという事に気付いたのだろう。

 

指さす方を見ると、ロータリー上のペデストリアンデッキが目に入った。

「18時半ぐらいからいてずっと見ていました。

どんな人が来るのだろう。

大丈夫なのかなってとても不安でした。

リョウさんらしい人が現れて、一度このお店の中に入ってからすぐに出てきて、席が空くのをお店の外で待って、ようやく空いたこのテーブル席に腰掛けた時、リョウさんに間違いないといました。

でも、すぐには来ることができませんでした。

なかなか思い切れなくて……。

待たせてしまってすみませんでした」

と言って頭を下げ、僕の顔を見つめた。

見つめる瞳

 

蒼さんは僕が怒っているのかもしれないと思ったのだろう。

僕は仕方がない事であることは十分理解していたので、ゆっくりと首を振った。

 

その様子を見て少し安心したのか、

「あと少ししか時間がありませんが、よろしくお願いします」と言った。

腕時計は7時48分を指していた。

 

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